Beranda / BL / 放課後の君は、まだ遠い。 / 第2章 キャンバスの中 ①気になる絵

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第2章 キャンバスの中 ①気になる絵

Penulis: 海月いおり
last update Tanggal publikasi: 2026-03-02 12:08:59

いつき~。なんで最近、美術室に通ってんの?」

 放課後、下駄箱の前で声をかけてきたのは、親友の富岡とみおか有理ゆうりだ。

 気さくで何でも話せる、昔からの友達。部活を引退してからも、ちょくちょく一緒に帰ったりしていた。

「え、なんとなく!」

 俺は軽く肩をすくめて返事をする。

 『絵が気になるから』なんて絶対に言えなかった。

 だって、南条のあの絵のことを語る自信もないし、説明できるほど整理できていない。

 それに——単なる興味だけで毎日足を運んでるなんて、どう考えてもおかしい。

 有理がじっとこっちを見つめてくる。

 その視線に焦って、俺はわざとらしく笑いながら有理の肩を軽く叩いた。

「ま、そういうことで。じゃあ、また明日なー!」

 そう言って、その場を早々に離れる。

 向かう先は、もう自分の中で決まっていた。

 掃除当番はとっくに終わっている。先生に命じられていた罰も、もう済んでいる。

 それでも俺の足は、勝手に美術室を目指していた。

 扉を開けると、やっぱり彼はそこにいた。

 南条なんじょう陽生はるき——昨日、大澤先生からそう聞いた名前。

 今日も変わらず、淡々と絵を描いている。

 彼はちらっと俺の方を見て、すぐに視線をキャンバスに戻した。

「南条、お疲れ!」

 明るく声をかけると、彼は勢いよく顔を動かした。

 眉をひそめて、ものすごく怪訝そうな顔をする。

「……僕、君に名前を教えたっけ?」

 あからさまに不機嫌な声色をしていて、すこし面白い。

 顔はこちらを向いている。

 でも、鉛筆を動かす手は止まらなかった。

 その様子すらも、今の俺には〝見れてよかった〟と思えてしまう。

 そんな自分が、不思議でしょうがない。

 ふと、彼の描いているキャンバスが目に入った。

 前に見たときは〝空〟だけだったはずなのに、そこには、新しく何かが描き込まれていた。

「……ん? なんか描き足してない?」

 自然と覗き込む。

 空の下には、小さく人物のようなシルエットがあった。

「……勝手に見んな」

「いいじゃん」

 後ろ姿。背中。輪郭だけの線。

 たぶん、男性。

 細部は描かれていない。でもその背中から、なぜか目が離せなかった。

「……なぁ、お前って、いつから絵が上手いの?」

 思わず口から出た言葉だった。

 褒めるつもりだったし、正直な感想でもあった。

 部活でも、うまいやつはうまいと素直に認めてきたし、そう褒められたら、誰だって嬉しいはず。

 そう思っていたのに——南条は、違った。

 彼はピタリと手を止め、ゆっくりと顔を上げる。

 そして、先ほど以上に不機嫌そうな表情を浮かべた。

「……上手いって、誰が決めたの」

「え?」

「上手くなんかないよ。てか、適当な感想はいらないって言ってるよね。無責任なこと言わないでよ」

 冷たくて、吐き捨てるような声だった。

 俺は一瞬、息をのむ。

 でも、俺は負けたくなかった。

 たとえ〝適当な感想〟だと思われても、俺は、俺の言葉で伝えたかった。

「……嘘は言わない。ほんとに上手いんだよ。俺、気になるんだよ。お前の絵が」

 それはたぶん、今の俺にできる限界の言葉だった。

 南条は、何も返さなかった。

 顔を背けるわけでもなく、ただ静かにキャンバスに目を戻す。

 再び、静けさが戻る。

 美術室には、彼の鉛筆の音だけが響いていた。

 その静けさの中で——俺は、見てしまった。

 彼の頬が、ほんのすこしだけ緩んだのを。

 それは、たった数秒のことだったかもしれない。もしかしたら、気のせいだったかもしれない。

 それでも、間違いなく目の前で見た光景だった。

「……」

 初めて見る表情に思わずドキッとして、心臓が跳ねた。

 どうしてこんなことが、こんなにも嬉しいんだろう。

 自分でもよくわからない。けれど、たったそれだけで、今日という日が、すごく特別なものになった気がした。

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